南富良野町の現状について伺いました

平成28年の台風10号により甚大な被害を被った北海道南富良野町。災害から2ヶ月後に、風に立つライオン基金も現地にお見舞いに伺いましたが、復興に向けて懸命に努力をしておられる地元のNPO法人「南富良野まちづくり観光協会」の小林さんから、その後の状況を伺うことができました。被災現場の「生の声」をお届けします。

●自然景観が変わっている。以前は、川や森でカヌーなどのアウトドアが出来たが、岩が川からむき出しになって景観が変化している。観光客も(被災地のイメージを連想するのか)少なく、観光はまだまだといった様子。一度お越しいただきたいです。

●雪が解けて水が増え、泥が川に入り込んでいる(以前は澄んだ水でした)。“泥”という言い方をしているが、先祖代々ずっと土を耕し、火山灰や自然のいろいろな物が混ざって、少なくとも5〜10年かけて自然の力と人の手をかけて農家のみんなで大切にしてきた豊かな土。「泥が家に入り込んだ」と一言で言うがいろんな思いがある。テクノロジーが通用しないもので、簡単にいかない。時間が必要だ。

●冬の間は雪に覆われていたが、雪が解けて、新たに被災カ所が見つかっている。

●「川に流れ着いたタイヤや家の物がむき出しになっていて見ていて辛い」と住人の声があり、つい最近、ボランティアを募ってゴミ拾いをした。ボランティア50人でトラック10台分を運んだ。人の力ってすごいと感じた。

●これからという時の4月中旬に、突風が吹き、町のビニールハウスが2000枚飛んだ。
ありがたいことに、北海道のラジオで南富良野の情報を伝える5分間の枠をいただいているので、ビニールハウスが飛ばされたと発信した(ラジオの反応がボランティアに繋がることがよくあるのだそうです)。

●南富良野は人口2,500人の小さな町。役場も意地を張らず、来てくれたボランティアのエキスパートにほとんどすべて任せ、いろいろな決定権を委ねたため、ものすごく復旧が早かった。

●ボランティアというゼッケンをつけてかつどうしてくれていたので、町の人もわかりやすかった。ボランティアの人が寒い中コンビニのおにぎりを食べていて、それを見た被災者の有志が自分たちのわずかな農作物を持ち寄り、自然発生的に被災者による「ボランティアへの炊き出し」がはじまった(日本でも初めてではないかとのことです)。

●災害が来たらまず一番に必要なものは水、次に情報(水がないので、最初はビールにコンビニ飯で凌いでいたそうです)。送っていただいてありがたいのですが、3日間カップラーメンが続くと辛い。「被災した僕たちは次に何が必要かわかっているから、もしまた災害が起きたら、最初に僕たちのところに来て」と町の若者がすでに先導を切ってくれている。

●ボランティアに来る人達のことを、例えば「大学生はどうせ単位のためだろう」と正直偏見を持っていたが、本当にいい人達ばかりだった。

●ボランティアの現場では、70歳のおじさんが道の先導をしてくれるだけでもボランティア。

●NHKさんから、南富良野のコンサートのあと連絡をいただき、何もない中、大晦日に氷の灯籠を600個作り、ゆく年くる年で使ってもらった。

●以前、他の被災地に向けて“絆”の火文字を南富良野で行ってエールを送ったことがあったが、まさか自分たちが被災するとは…いろんな絆を感じている。

●被災したことにより、町に住んでいても交流することがなかった人と交流を持てたことが本当に良かったことの一つ。

●登山用品メーカ−「モンベル」で“アウトドア義援隊”というものをやっており、アウトドア展示会などで、被災の現状などをパソコンを持参し、パワーポイントで説明もしている。もし、さいたまスーパーアリーナへ行けたら、販売だけでなく、そんな交流が持てたらと思います。

以上が、小林さんが住民の皆さんから聴いてくださった生の声です。未だ復旧途上である様子や、ボランティアの活躍に助かったという話、この経験を今後に活かしたいというポジティブな話など、被災現場で暮らす方々の様々な思いを伺うことができました。
小林さん自身は「さださんが南富良野へ来てくださったコンサートでは、自分は後ろの方で下足番をしていました。富良野とさださんという繋がりもあって、最後の『北の国から』を聴いて本当に男泣き、ほろり泣きました」と語ってくださいました。

8/9、10にさいたまスーパーアリーナで行われる「高校生ボランティア・アワード2017」では、被災地復興支援ブースも用意することになっており、南富良野町さんもご出展いただけることになっております。高校生のブースだけでなく、そちらの方も是非応援にいらしてください。